コレサワと「顔」
コレサワという表現者の活動において、「顔を出さない(=れ子ちゃん)」というスタイルは、単なるビジュアル戦略の枠を超え、自身の日常、リスナーの想像力、そして音楽的本音を守るための装置として機能してきた。
本研究ページでは、2011年頃の活動前史から2026年現在までを対象に、インタビュー、本人発言、配布資料、公式プロフィール等を時系列で整理する。特に、本人が実際に語ったことと、そこからJunzyが導く分析・仮説を可能な限り分離して記録する。
構成上「コレサワ15年史」と同じ内容もあります。
【研究上の最重要定義:コレサワの活動実態】
コレサワについて語る際、「顔出しNG」という言葉は便利な一方で、活動実態を完全には表していない。
コレサワはメディアでは原則として素顔を公開せず、れ子ちゃんをビジュアル上の代理人として使用する一方、ライブでは素顔で出演する活動を長く続けてきた。つまり「素顔そのものを見せない」のではなく、「どこで、誰に、どのように素顔を見せるかを本人が選択する」活動形態として捉えるほうが実態に近い。
したがって本研究では、コレサワを「原則としてステージを含め顔情報を非公開にしてきた匿名型アーティスト」と同一視せず、「メディアにおける顔情報の非公開と、ライブ等での素顔の公開を自らコントロールする表現者」として位置づける。
【この研究で明らかにしたいこと】
- なぜメディア上で顔を出さないのか
- いつからメディア上の顔非公開の形が成立したのか
- れ子ちゃんは「顔隠し」のためだけに生まれたのか
- 顔情報を分けることで、音楽表現に何が起きたのか
- 2015年と2026年では、「顔の役割をコントロールする理由」がどう変化したのか
| 🟢 | 本人発言・本人執筆資料(インタビュー直接発言、本人が作成・執筆した資料等) |
| 🔵 | 公式・公的記録(公式プロフィール、媒体による記録・レポート等) |
| 🟣 | Junzyによる直接閲読・実体験証言(当時資料を実際に読んだ経験。現物が現在残っていない場合を含む) |
| ⚪ | Junzyによる分析・考察(複数資料の変遷から導く構造的推論) |
| 🔴 | 未確認情報(原典未確認で、現段階では断定できない情報) |
| 時期 | レベル | 証言・出来事 | 顔を隠す意味・解釈 | 出典媒体 |
|---|---|---|---|---|
| 2011〜2014年 | 🔵 | 現在の「メディアには顔出しをせず、素顔が見れるのはLIVEのみ」という形態が成立する以前の前史期。 | 現在の制度が成立する前段階 | 当時のライブ記録・写真等 ※本研究で確認できる範囲による位置づけ |
| 2013年頃 | 🟢 | ウチボリシンペ氏との出会いを契機に、「キャラクターを作りたい」という発想が芽生える。本人+クマを軸にれ子ちゃんの原型が形成されていく。 | ビジュアル概念の胎動期 | 【K-002】音楽ナタリー(2015) |
| 2015年4月 | 🟢 | 「写真が苦手」「自分に自信がない」「私生活と公式の区別」「声の主=れ子ちゃんと思ってもらいたかった」「差別化の必要性」などが本人発言として確認できる。 | 初期の抵抗感+差別化+キャラクター表現 | 【K-001】CINRA(2015) 【K-002】音楽ナタリー(2015) |
| 2016年9月 | 🔵 | メディアには顔出しをせず、れ子ちゃんがビジュアルを担当する活動形態が外部メディアでも明確に紹介される。 | 活動形態としての定着 | 【K-003】音楽ナタリー(2016) |
| 2017年2月 | 🟣+🟢 | 「顔がパッとしない、オーラがない、見た目ではメジャーで勝負できない」と言われ、自信を喪失した経緯を記したとされる。 | 業界評価による傷つき・防衛 | 【K-004】『ひまつぶ誌』1号 |
| 2017年8月 | 🟢 | 外見について心ない言葉を受けたことを本人が「はい、そうでしたね」と肯定。 | 業界発言の本人による裏付け | 【K-005】Skream!(2017) |
| 2017年8月 | 🟢 | 「見た目がもっと良かったら顔隠したりしなかったかもしれない」と本人が語る。 | 容姿コンプレックスの告白 | 【K-005】Skream!(2017) |
| 2017年8月 | 🟢 | 「私の顔は特に個性もない」、れ子ちゃんをアイキャッチとして用いること、無表情によって聴き手の感情を限定しないことなどが語られる。 | キャラクターの設計思想・音楽的フィルター | 【K-006】CINRA(2017) |
| 2018年 | 🟢 | ライブの日の自分について、いつもより可愛く映っているはずだから大丈夫、という趣旨の本人発言。 | ライブという公開領域への適応 | 【K-007】歌ネット(2018) |
| 2020年1月 | 🟢 | 自分の顔の角度を気にしてしまうこと、顔を出して活動する人への驚き、自身は顔出しを続けたいとは思わないという趣旨を語る。 | コンプレックス・顔出しへの抵抗の継続 | 【K-008】Skream!(2020) |
| 2024年10月 | 🟢 | 好きな人ができた時にいつでもデートできるように、というユーモラスな説明に加え、顔を隠すことで好きなことを歌う際のストッパーをかけずに済むという趣旨を語る。 | プライベート保護+表現の自由 | 【K-009】日本テレビ『DayDay.』(2024) |
| 2025年3月 | 🟢 | 「日常生活を大切にしたくて」「プライベートを守るために顔を隠しています」という現在の理由を本人が説明。 | 能動的な生活防衛・自己管理 | 【K-010】TBS NEWS DIG(2025) |
| 2026年現在 | 🔵 | 公式プロフィール上、「メディアには顔だしはせず、素顔が見れるのはLIVEのみ」という活動形態が継続。 | 制度化された公開範囲の管理 | 【K-011】コレサワ公式プロフィール |
前史:素顔の時代から後天的な形成へ
2011〜2014年は、現在の「メディアには顔出しをせず、素顔が見れるのはLIVEのみ」という公式プロフィール上の形態が成立する以前の前史として扱う。ただし、この時期のすべてのメディア・ライブ資料を網羅できているわけではないため、「この時点では一切顔非公開ではなかった」とまでは断定しない。
重要なのは、2015年以降の本人発言から、現在のスタイルが活動開始時から固定されていたものではなく、キャラクター、写真への苦手意識、自己評価、差別化、表現上の必要性などが重なって形成されたことが確認できる点である。
名前のグラデーション ──「是澤寿美」から「コレサワ」へ
ビジュアルのスタンスと同様に、名前もまたある日突然スパッと切り替わったわけではない。当時のライブ記録やリリース情報を整理すると、「是澤寿美」からステージネーム「コレサワ」へと徐々に移行していく歴史的なグラデーションが浮かび上がってくる。
| 日付 | 会場・出来事 | 確認できる名義 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2011年4月26日 | SCHOOL OF LOCK! 「閃光ライオット2011」 | 是澤寿美 | デモ音源「Fコード」が番組内でオンエアされる |
| 2011年9月26日 | 渋谷gee-ge.「鉄ロックフェスティバル!!! vol.66」 | 是澤寿美 | Junzy初参戦(当時19歳) |
| 2012年8月18日 | SUMMER SONIC 2012 (出れんの!?サマソニ!?) |
コレサワ | WEC公式Twitterにて「コレサワ」名義での本番出演が告知される |
| 2012年10月 | インディーズCD『コレサワ』リリース | 是澤寿美 | アルバムタイトルに「コレサワ」を冠しつつ、アーティスト名義は本名 |
| 2013年5月16日 | 渋谷gee-ge. 初ワンマンLIVE 『お誕生日会』 |
コレサワ (以降定着へ) |
以降、本格的な「コレサワ」ブランドへと向かっていく |
2011年の時点ではメディアや現場でも本名であったが、2012年夏のサマソニという大きなステージを契機に「コレサワ」という名前が表に出始めた。特に象徴的なのが2012年10月のインディーズCDである。ジャケットには「コレサワ」のロゴがデザインされながらも、アーティスト名義は「是澤寿美」のままであり、まさに名前とブランドが交差する移行期であったことが分かる。
「顔出しNG」は正確な呼称か
一般的に「顔出しNG」という言葉を聞くと、アーティストがメディアやステージの全領域で常に素顔を隠している状態を想像しがちである。しかし、コレサワの活動スタイルには明確な「公開範囲のコントロール」が存在する。
2015年4月の音楽ナタリーのインタビューでは、ライブでは顔を隠していないことについて、厳密には「顔出しNG」ではないのではないかと問われ、本人が「ゆるいんですよ(笑)」と答えている。ここからも、当初から「顔を見せない人」というより、「顔を見せる場所を選ぶ人」だったことが分かる。
※特殊な撮影可能イベントについては、個別の実例・写真資料を確認したうえで別途記録する。恒常的な活動形態と混同しない。
【研究上の注記】コレサワの活動形態を「顔を出さないアーティスト」という一点だけで語ることはできない。コレサワの場合、問題となっているのは「素顔の存在を隠すこと」ではなく、「素顔をどの媒体・場面で公開するか」という公開範囲の能動的な選択にある。
【比較研究メモ:Adoを同じ枠に入れない理由】
Adoは長くステージを含めた顔情報の非公開を活動上の重要な匿名性としてきたため、コレサワとは公開範囲の設計が異なる。もっとも2026年には、Ado自身初の実写ジャケット写真や、自身初の実写MV『ビバリウム』など、従来の匿名性とは異なる実写表現も登場している。
ただし、これを「素顔全面公開」や単純な「顔出し解禁」と表現するのは適切ではない。本研究では、「匿名性を維持しながら実写表現の領域を拡張した」という段階的な変化として扱う。
写真への抵抗感と積極的なビジュアル設計
メディア上で顔を出さないスタンスが生まれる土壌として、まず確認できるのは本人の写真撮影に対する根本的な苦手意識である。2015年4月のCINRAインタビューでは、構えて撮られることへの強い苦手意識を本人が語っている。
2015年のCINRA・音楽ナタリー等からは、単なる防御ではない複数の動機が確認できる。
- 自信のなさ:自分に自信がないため、外に出るビジュアルを「この子に任せた」という役割分担。
- エンタメ性:普通に写るより「顔だけキャラクター」のほうが面白いという発想。
- 差別化:顔を出している女性歌手が多い中で、同じことをすると埋没してしまうという考え。
- 表現の楽しみ:れ子ちゃんにポーズを取らせたり、絵としてどう見せるかを考える創作意欲。
つまり2015年の段階ですでに、メディア上で顔を出さないことは消極的な逃避だけではなく、ビジュアル表現の設計として捉えられていた。
証言検証:「顔がパッとしない」と言われた時代
コレサワのビジュアル史において特筆すべきなのが、メジャーデビューを目指していた時期に受けた外見についての否定的な評価である。
2017年2月5日にワンマンライブコラボ冊子『ひまつぶ誌』1号には、顔出しをしない理由について、顔やオーラ、見た目によってメジャーで勝負できないと言われ、自信を喪失したという趣旨の記述があったとされる。
【史料批判・『ひまつぶ誌』について】
- 現物:現在は確認できない。
- Junzyの直接閲読証言:Junzy本人が当時実際に『ひまつぶ誌』1号を読んでいる。このため、単なるネット上の伝聞や後年の二次資料だけを根拠とする情報とは区別する。
- 本人発言による裏付け:同年8月のSkream!インタビューで、外見について否定的なことを言われた経験を本人が肯定している。
- 未確認:発言した具体的な企業名、人物名・役職、発言の一言一句、日時・場所などは現段階では断定しない。
同年8月のSkream!インタビューでは、インタビュアーから外見がパッとしないためメジャーでは勝負できないと言われたことについて尋ねられ、本人は「はい、そうでしたね」と回答している。さらに、見た目がもっと良ければ顔を隠さなかったかもしれない、という趣旨まで語っている。
したがって、『ひまつぶ誌』の記述は、現物が失われた現在でも、Junzy本人の当時の直接閲読証言+後年の本人インタビューによる内容の裏付けという二重の観点から研究上の重要資料として残す価値がある。
れ子ちゃんは「マスク」ではなく「視覚的な代理人」だった
れ子ちゃんは、「顔を隠す必要に迫られて後から作られたマスク」とだけ捉えると、その成立過程を見誤る。
本人の証言によると、ウチボリシンペ氏とは2013年頃出会い、その後「キャラクターを作りたい」という発想が芽生えた。本人がくまモンやコントロールベアが好きだと伝えたことから「自分+クマ」のアイデアが生まれ、2015年の全国流通盤のタイミングで外向きのビジュアルとして本格運用されていった。

ここでいう「本人性の視覚的転写」はJunzyによる分析用語である。本人発言そのものではない。
コレサワの活動を「匿名化」と考えると、その構造を見誤る。れ子ちゃんは顔の代替物であると同時に、作品のビジュアルを担い、楽曲に対するリスナーの感情を固定しすぎないための「余白」としても機能している、と考えられる。
2013年5月16日 ── 初ワンマン「お誕生日会」で現れた「れこちゃん」
れ子ちゃんの原型を考えるうえで、2013年5月16日の渋谷gee-ge.「お誕生日会」は重要な資料である。この初ワンマンでは、ウチボリシンペ氏が描いた初期の「れこちゃん」が登場している。
まだ現在の「れ子ちゃん」とは姿も表記も異なる。けれど、ここには後のコレサワにつながる「本人の代わりにキャラクターがビジュアルを担う」という発想の最初期の形がすでに現れている。
2013年7月25日 ── フライヤーにも登場した「れこちゃん」
その約2か月後の2013年7月25日、渋谷Milkywayで行われたヒグチアイ×是澤寿美ツーマン「ともだちがほしかったかいじゅうとくらげ」のフライヤーにも「れこちゃん」が登場している。
つまり、このキャラクターはライブ当日の一度きりの演出ではなく、少しずつフライヤーなどの外向きのビジュアルへ広がり始めていたことが分かる。

「れ子ちゃん」の前にあったもの ── 紙製の「レコ面」
現在のような立体的な被り物が、最初から存在していたわけではない。その過渡期に使われていたのが、紙製の「レコ面」だった。
当時は「れこちゃん」「レコー面」「レコ面」など呼び方にも揺れがあり、2015年頃の本人ブログでは実際に「レコ面」という呼び方が使われている。現在のれ子ちゃんしか知らない人には意外に見えるかもしれないが、この紙製の面は、顔を隠す表現が形を変えていく途中にあった重要な資料である。
2015年4月16日 ── 「コレサワとレコ面でチェキ撮影」
レコ面が実際のファンとの交流に使われていたことも、当時の資料から確認できる。2015年4月16日、渋谷LUSHで行われた3ヶ月連続自主企画「あたしのCDが並ぶ一週間」Vol.3では、4月9日付の本人ブログで、予約した来場者を対象に「コレサワとレコ面でチェキ撮影」ができることが告知されていた。
ここでレコ面は、単に顔を隠すための道具ではなく、コレサワとファンが一緒に写真に収まるためのライブ現場のアイテムにもなっている。つまり、顔を隠すために生まれたものが、逆にファンとの記念写真を成立させるコミュニケーション装置にもなっていたのである。

ライブ後には、オーディエンス全員でレコ面を付けて記念撮影
さらに、当時の現場資料には、ライブ後にオーディエンス全員がレコ面を付けて記念撮影した場面も残っている。レコ面が一部のファンだけの特典ではなく、会場全体を巻き込む「顔」の演出として使われていたことが分かる、興味深い記録である。

四角い箱から、立体的な「れ子ちゃん」へ
紙製の「レコ面」と並行するように、インディーズ初期にはさらにユニークな演出も登場していた。「コレシアター02」のオープニングでは、四角い箱にれ子ちゃんが描かれた特製の箱を頭から被り、最初の1曲だけその姿で登場する演出があった。
今のような立体的な被り物ではない。初めて見た側からすると「これは一体何なんだ?」という驚きもあり、被り物をしたままギターを弾くのか、それともずっとこの姿なのか――そんなことを考えながらステージを見守った、当時ならではの演出だった。

こうして見ると、初期の「顔を隠す」は一つの完成された方法ではなかった。紙の面、フライヤーのキャラクター、ファンとの記念撮影、箱型のライブ演出と、その場その場で形を変えながら「コレサワの顔」が作られていったのである。
2017年3月12日 ── チェキ会の記憶も「顔」の歴史につながっている
2017年3月12日、池袋Hoteyesで里咲りさとのツーマン「私たちのたくらみ」が行われた。この日にはコレサワでは珍しくチェキ会があり、何枚も券を買い足して撮影列をループした、というJunzy自身の現場記録が残っている。
長年、この日のチェキ会が自分にとって最初で最後だと思っていたが、今回の歴史調査によって、それ以前の2015年にもレコ面を使ったチェキ撮影の機会があったことが分かった。記憶だけではなく、当時の資料と照合することで「顔」の歴史そのものが更新された例でもある。
※2015年4月16日の「コレサワとレコ面でチェキ撮影」は、2015年4月9日付の本人ブログによる告知を根拠としている。2013年・2017年の出来事は、当時の写真・ライブ記録およびJunzyの現場記録をもとに整理している。
なぜ「笑顔」ではなく「無表情」なのか
2017年のCINRAインタビューでは、その設計思想がさらに深く語られている。本人は、自分の顔を出して歌うと「自分が歌っている」という印象が強くなり、リアルなことを歌っているからこそ、本人を前面に出すとリアルになりすぎるという趣旨を説明している。
さらに、れ子ちゃんの無表情については、曲を聴く側がどんなことを思ってもよいように、感情を限定しないための設計という本人側の説明がある。ウチボリ氏も、キャラクター性を強くしすぎると別のフィルターになるため、あえて無表情にしたという趣旨を説明している。
ここから、れ子ちゃんは単なる「顔を隠す装置」ではなく、「聴き手が楽曲へ入るための視覚的な余白」としても機能している、とJunzyは分析する。
コンプレックスの残存と、生活防衛への重点移行
れ子ちゃんという強力なビジュアルシステムを手に入れた後も、本人の内面から容姿へのコンプレックスが完全に消えたわけではない。
2020年のSkream!インタビューでは、自分の顔が大きく映ることについて、角度によって「ブスだな」と思ってしまうこと、顔を出して活動する人への驚き、自分はそうなりたくないという趣旨を語っている。
一方、近年の発言では理由がより生活的なものへとシフトしている。2024年には、好きな人ができた時にいつでもデートできるようにという説明に加え、顔を隠すことで歌う際に「ここまで歌ってもいいかな」というストッパーをかけずに好きなことを歌えるという趣旨が語られた。2025年には「日常生活を大切にしたくて」「プライベートを守るために顔を隠しています」と説明している。
2015年の「写真が苦手」→2017年の「表現としての必要性」→2020年の「顔出しへの抵抗」→2024〜2025年の「日常・プライバシー・表現の自由」という変化は、顔を隠す理由が一つに固定されていたのではなく、時間とともに意味の重心が移ってきたことを示している。
公式プロフィールに明文化された活動形態
2026年現在、コレサワ公式プロフィールでは、「メディアには顔だしはせず、素顔が見れるのはLIVEのみ」という活動形態が明文化されている。
さらに近年は、れ子ちゃんがグッズ、コラボレーション、MV、CM等の各種ビジュアル展開に広がっている。つまり、れ子ちゃんは単なる「顔隠し用の被り物」ではなく、アーティストブランドを構成する独立したビジュアル資産へと成長したと考えられる。
※「日本のポップカルチャーにおける確立されたブランドモデル」といった評価は、客観的な市場統計による断定ではなく、本研究におけるJunzyの分析として扱う。
「顔を隠す道具」から「コレサワの顔」へ
ここまでの変化を一本の線でつなぐと、「れ子ちゃん」は最初から完成されたキャラクターだったわけではないことが分かる。
素顔で歌っていた是澤寿美の時代に、顔を隠す必要が生まれ、紙製の「レコ面」が登場する。そこから「れこちゃん」というキャラクターが生まれ、フライヤー、グッズ、ファンとの記念撮影、ライブ演出へと広がり、やがて現在の立体的な「れ子ちゃん」へと進化していった。
そして、その存在は単に「顔を隠す」という役割を超えていく。歌詞、音楽、ライブ、グッズ、メディア出演。そのすべてをつなぐ共通のビジュアルとして、「れ子ちゃん」はコレサワというアーティストの世界観そのものになった。
つまり、「顔を隠すためのキャラクター」が、逆に「コレサワを世の中に知らせる顔」になったのである。顔を出さないという制約を、単なる匿名化で終わらせず、一目でコレサワだと分かる強烈な個性へ変えていったことに、このビジュアル戦略の大きな特徴がある。
海外公演をきっかけに生まれた、顔を隠すための新しい仮面
「顔を出さない」というコレサワのスタイルには、もう一つの形がある。2023年の香港でのイベント出演をきっかけに登場した、熊の仮面だ。
海外では日本とは異なり、ライブ中の撮影が認められるケースがある。本人は海外公演で撮影されることへの対策として仮面を着用したことを説明している。これは初期のレコ面とは少し意味が違う。
レコ面が「顔を隠して活動する」という初期のスタイルから生まれたものだったのに対し、この仮面は海外のライブ文化や撮影環境に合わせて新たに生まれたものだった。その後、2023年12月5日の「きみとデート vol.1」で撮影OKとなった1曲や、2024年の東京国際ミュージック・マーケット(TIMM)ショーケースライブなど、限られた特別なステージでも使用されている。

※海外公演・特別ステージでの仮面使用については、本人による説明および15年史で整理した公演記録をもとに記載している。
顔の役割の再定義とJunzy仮説
15年間の変遷を5つのフェーズで整理する。
↓
Phase 2:代替(2013〜2015)「顔の代わりにれ子ちゃん」「アイキャッチ」
↓
Phase 3:表現(2015〜2018)「差別化」「感情移入の余白」「無表情のフィルター」
↓
Phase 4:再確認(2020)「やっぱり顔を大きく出したくない」
↓
Phase 5:生活・制度(2024〜2026)「デート」「日常生活」「プライベート」「公式プロフィールに明文化」
【Junzy仮説】
コレサワのメディアにおける顔情報の非公開(いわゆる「顔出しNG」)は、顔を隠し続けるための一貫した一つの理由から生まれたものではない。「見られ方を自分で選ぶ」という姿勢が、心理的抵抗、差別化、キャラクター表現、音楽的フィルター、プライバシー保護へと、その時々の必要に応じて役割を変化させながら継続してきたシステムなのではないか。
COLUMN:『ひまつぶ誌』が記録した、知られざる初期エピソード
2017年2月配布の自主制作冊子『ひまつぶ誌』1号には、インディーズ初期のコレサワについて、メイドカフェのアルバイト面接に落ちたというエピソードが記録されていた。現物は現在失われているが、Junzy本人が当時実際に本誌を読んでいる。このため、本件は「ネット上で見つけた伝聞」ではなく、Junzy本人による当時の直接閲読証言として記録する。
なお、このエピソードの具体的な全文や冊子全体の構成については現物を再確認できないため、記憶による補完は行えず、確認できる範囲に限定して扱う。
1. 一次資料・関連資料マップ
- 【K-001】 CINRA:「最強ポジティブ思考で運と才能を開花させた、新星SSW・コレサワ」(2015年4月15日公開)
- 【K-002】 音楽ナタリー:「コレサワ『君のバンド』インタビュー」(2015年4月15日公開)
- 【K-003】 音楽ナタリー:「コレサワ特集」(2016年公開)
- 【K-004】 『ひまつぶ誌』1号(自主制作冊子、2017年2月5日「コレシアター03」配布)
※現物は現在確認できないが、Junzy本人による当時の直接閲読証言あり。 - 【K-005】 Skream!:「コレサワ インタビュー」(2017年8月公開)
- 【K-006】 CINRA:「コレサワ&ウチボリシンペに聞く、顔を隠す音楽活動の意図と背景」(2017年8月8日公開)
- 【K-007】 歌ネット:「言葉の達人/コレサワさん」(2018年公開)
- 【K-008】 Skream!:「コレサワ インタビュー」(2020年1月公開)
- 【K-009】 日本テレビ『DayDay.』(2024年10月9日放送)
- 【K-010】 TBS NEWS DIG:「コレサワ 恋愛ソング『ヒットの秘密』明かす」(2025年配信)
- 【K-011】 コレサワ公式プロフィール(2026年時点)
- 【K-012】 コレサワ本人ブログ「▲必読▲お知らせたくさん」(2015年4月9日)── 2015年4月16日「コレサワとレコ面でチェキ撮影」の告知資料。
- 【K-013】 Junzyによるライブ現場記録・写真資料── 2013年〜2017年の初期ビジュアル、レコ面、ライブ演出、チェキ会に関する記録。
2. 未解明事項
- 2013年前後のウチボリシンペ氏との最初期の具体的な制作過程。
- れ子ちゃんの初期デザイン案の現存状況と試作段階の記録。
- 「顔出しNG」という呼称が公式プロフィールに定着した正確な時期。
- 2015〜2017年におけるテレビ出演時の顔情報の扱いの全貌。
- 2017年の『ひまつぶ誌』原本の現物確認と全ページの再検証。
3. 史料批判・研究上の注意
本ページでは、本人が語った内容、媒体が記録した内容、公式に確認できる情報、Junzy本人の直接閲読証言、Junzyによる分析を可能な限り分離して記述する。本人の発言から直接確認できない心理状態や動機については、断定せず「考察」「仮説」として扱う。また、現在確認できない冊子・配布物・写真等については、後年の二次資料による紹介と原資料そのものを同一視しない。
※本アーカイブは随時更新・追記を行います。
本編記事:コレサワ15年史 ── ライブハウスから見上げた景色、そして受け継がれる表現の記録






