コレサワと
女性シンガーソングライター
好きなアーティスト同士のつながりを自由につなぎ合わせて楽しむ、Junzy流の遊び考察ページです。
SHISHAMOの記事
【女性ギターロック四半世紀の系譜】が、彼女たちが「どこから来たのか」を辿る歴史の記録だとしたら、本稿は彼女たちが「何を表現として残したのか」を考察する表現論だと言える。
YUI ── コレサワの「音楽の原点」
コレサワの音楽人生をたどると、最初に立ち戻るべき女性シンガーソングライターがいる。YUIだ。
これは単なる「好きなアーティスト」の話ではない。コレサワ本人が何度も語っているように、YUIはコレサワがギターを持ち、弾き語りを始めるきっかけになった存在である。2019年のARABAKI ROCK FESTIVALのインタビューでは、学生時代に憧れていた存在としてYUIを挙げ、「音楽を始めたきっかけもYUIさんだった」と語っている。さらに、ギターを始めてからは「Good-bye days」を一番練習し、今でも弾けるほど繰り返し練習したという。
もっと具体的に見ると、その始まりは中学3年生頃にさかのぼる。YUIが好きになり、「女の子があぐらをかいてギター弾いているのがカッコいい」と思ったことから、自分もギターを弾きたいと思うようになった。父親からクリスマスプレゼントとしてアコースティックギターを買ってもらい、高校では軽音部に入り、YUIのカバーを演奏していた。
そして、ここからが面白い。
高校時代のコレサワは、まだ「自分の歌」を作るところまで到達していなかった。YUIをカバーして歌うことから始まり、同じ軽音部にいた、絢香が好きで歌の上手な女の子がオリジナル曲を作っているのを見て、「自分も作らなければ」と悔しさを感じたことが、作詞作曲へ進む直接のきっかけになった。つまり、YUIは入口であり、その入口から「自分で曲を作る」という次の段階へ進ませたのが、同世代との競争心だったとも言える。
「本当に自分はYUIだと思って歌っていた」
2024年のReal Soundのインタビューでは、コレサワは当時を振り返り、「当時はYUIさんが好きで。本当に自分はYUIだと思って歌っていた」と語っている。さらに、その頃に作った曲では、2000年代のJ-POPらしいアレンジをYUIなどから受けた影響として挙げている。
これは、単に「YUIが好きだった」という言葉よりずっと重い。
憧れの歌手を真似して歌う。
その歌を何度も練習する。
ギターを持つ。
やがて自分でも曲を書き始める。
そう考えると、現在のコレサワの「ギターを抱えて自分の言葉を歌う」というスタイルの、かなり根っこの部分にYUIがいることが分かる。
「YUIに似ている」と言われることへの葛藤
一方で、YUIの影響が強かったことは、コレサワにとって単純に嬉しいだけのものでもなかった。
2015年のインタビューでは、YUIや絢香が好きだったために、自分も「若いうちに売れなければ」と考えてしまった時期について語っている。また、好きなものの影響を受けていることから「似ている」と言われることへの複雑な気持ちも語っていた。
しかし、ここにはコレサワが「コレサワ」になっていくための重要な過程がある。
最初はYUIを目指していた。
でも、ずっとYUIのままではいられない。
影響を受けたものを自分の中に取り込みながら、少しずつ自分の声、自分の言葉、自分の恋愛観、自分のユーモアへ変えていく。その結果として生まれたのが、現在のコレサワなのだと思う。
2020年のインタビューでも、昔好きだった女性アーティストとしてYUIや大塚愛を挙げている。さらに2024年のインタビューでは、10代の頃の自分がYUIを意識して歌っていたことを、現在の自分から振り返って肯定的に語っている。
だからYUIは、コレサワにとって「過去に好きだった歌手」ではない。
コレサワがまだコレサワになる前に、「女の子がギターを弾いて歌う」という未来を見せてくれた人。
それがYUIだったのではないだろうか。
大森靖子 ── 「自分の表現」を考えるための憧れ
YUIが「音楽を始める原点」だとすれば、もう一人、コレサワの表現を考える上で外せないのが大森靖子である。
2015年の本人インタビューでは、コレサワ自身が大森靖子を「好き」と語り、さらに歌い方への影響について具体的に話している。大森靖子の、ボーカルも楽器のように考えるという発想に刺激を受け、自分の声の中から「エフェクター」を探すように考えたという話は、単なるファン心理を越えている。
ただし、ここでYUIと大森靖子を同じ「影響」として並べるべきではない。
YUIは、コレサワが音楽を始めるきっかけになった原点。
大森靖子は、音楽を始めた後のコレサワが、自分の歌い方や表現のあり方を考える上で刺激を受けた存在。
この違いを意識すると、二人がコレサワの歴史の中でそれぞれどれほど重要だったのかが見えてくる。
「好きなものを、どーんと出す」
大森靖子の表現には、ピンク、アイドル、女の子らしさ、恋愛、欲望、嫉妬、自己愛、怒りなど、自分が好きなものや自分の中にある感情を隠さず前面に出していく強さがある。
そしてコレサワもまた、自分が好きなものを隠さない。
ピンク。
かわいいもの。
女の子の本音。
恋愛の面倒くささ。
嫉妬や独占欲。
そして、「あたし」という一人称。
2015年のインタビューでコレサワは、自分が以前はサンボマスターの影響で「僕」という一人称を使っていたものの、「私は女の子なんだから、女の子らしさを出しちゃっていいんだ」と思うようになり、「あたし」を使うようになったと語っている。
大森靖子とコレサワは、同じ音楽をやっているわけではない。
しかし、「自分が好きなものを、自分のルールで表現する」という姿勢には、確かに共通するものがある。
「ギタ女」では括れなかった二人
ここでもう一つ興味深いのが、二人とも単純な「女性ギター弾き語り」という括りだけでは捉えきれないことだ。
2015年のCINRAのインタビューでは、コレサワ自身が「ギタ女」という言葉に対して「私は違う」と語っている。顔をキャラクターで隠すことも含め、一般的な「ギターを持った女の子」というイメージから、自分自身を意識的にずらしていた。
大森靖子もまた、「女性シンガーソングライター」という言葉だけでは説明できない独自の世界を作っていった人だ。
二人とも、アコースティックギターを持って歌うことを出発点の一つとしながら、そこに自分のファッションやキャラクター、言葉、ビジュアルを強く結びつけている。
だからこそ、二人を比較すると「音楽が似ている」というよりも、表現者としての姿勢が近いという見方のほうがしっくりくる。
ギターから見る二人
そして、二人を並べてみると、もう一つ面白い共通点が浮かび上がる。
Gibson Hummingbirdだ。
もちろん、「Hummingbirdを使っている」というだけで同じギターだと単純に考えることはできない。
GibsonのHummingbirdには長い歴史があり、年代やモデル、仕様、個体によっても違いがある。
ここでは細かなモデルの違いを無視してしまうのではなく、あえて「同じGibsonのHummingbirdシリーズを愛用している」というところに注目したい。
コレサワのHummingbird
現在のコレサワのメインギターとして知られているのが、ヘリテイジ・チェリー・サンバーストのGibson Hummingbirdだ。
2025年の「アコースティック・ギター・マガジンWEB」の機材紹介では、このギターについて、シリアルナンバーから2012年製と推定されている。
同記事では、このHummingbirdがレコーディングやライブで使用するメインギターとして紹介されている。
コレサワ自身は、Hummingbirdを選んだ理由として、ピックガードの鳥や花のデザインを「可愛い」と感じたことや、生音の鳴り、そして自分の声との相性について語っている。
つまり、本人が語っている購入理由の中に、「大森靖子の影響で選んだ」という言葉はない。
ここは重要なので、はっきり分けておきたい。
大森靖子のHummingbird
一方、大森靖子もHummingbirdを長く愛用してきたことで知られている。
大森靖子の場合も、Hummingbirdは単なるステージ上の小道具ではなく、長年の音楽活動とともに存在してきた楽器の一つだ。
さらに大森靖子はHummingbirdを複数所有しており、年代や個体の違いもある。
だからこそ、ここで「二人はまったく同じギターを使っている」と断定するのではなく、同じGibsonのHummingbirdシリーズを選んできたことに意味を見てみたい。
2012年という、少し気になる時期
ここから先は、史実として断定できる話ではない。
しかし、コレサワのHummingbirdが2012年製と推定されていること、そしてコレサワが2012年に「出れんの!? サマソニ!?」を勝ち抜き、SUMMER SONICのステージに立ったことを考えると、どうしても一つの想像が浮かんでくる。
もしかすると、このHummingbirdは、2012年のSUMMER SONIC出演を前後して手に入れたのではないか。
実際、2012年のSUMMER SONICでコレサワがHummingbirdを弾いている姿を、僕自身が見ている。
ただし、ギターの製造年が2012年であることと、購入時期が2012年であることは別の話だ。
また、「サマソニに出演するために購入した」という本人の証言も、現時点では確認できていない。
したがって、ここはあくまでJunzyの推測として残しておきたい。
それでも、2012年という時期にこのギターを手に入れ、そこから現在までメインギターとして使い続けていると考えると、非常に興味深い。
憧れの存在が、少し先を走っていた頃
2012年前後の二人は、現在の知名度から振り返ると、まったく違う場所にいたように見える。
しかし当時のライブハウスシーンに目を戻してみると、二人とも地下のライブハウスを中心に活動していた女性シンガーソングライターだった。
大森靖子のほうが年齢も上で、活動歴も先行していた。
その後、大森靖子はコレサワより少し先に大きなステージへと進んでいく。
例えば2016年には、大森靖子がZepp Tokyo規模のワンマンを行う一方、コレサワは渋谷WWWでワンマンライブを行っている。
会場規模だけを見れば、すでに大きな差が生まれていた時期だ。
それでも、2012年前後の二人をライブハウスの時間軸の中に置いてみると、まだ「遠いスターと新人」というほどかけ離れた存在ではなかった。
同じようなライブハウスの空気を吸い、ギターを抱え、自分の歌を作り、少しずつ観客を増やしていた。
だからこそ、コレサワにとって大森靖子は、単なる「有名な先輩」ではなく、自分より少し先を走っている、憧れのシンガーソングライターだったのではないだろうか。
これはもちろん、僕自身の見方である。
しかし2015年のインタビューで、コレサワ自身が大森靖子を「好き」と明言し、さらに歌い方への影響まで語っていることを考えると、少なくとも「憧れの存在だった」と考えることには、かなりの根拠があると思う。
Hummingbirdを選んだ理由は、本人の言葉を尊重したい
ここで、どうしても気になることがある。
コレサワがHummingbirdを選んだ背景に、大森靖子への憧れはあったのだろうか。
これは、とても面白い問いだと思う。
二人は同じGibson Hummingbirdシリーズを愛用している。
コレサワは2015年の時点で大森靖子のファンであることを公言している。
そしてコレサワの現在のメインHummingbirdは2012年製と推定され、2012年のSUMMER SONICでもその姿を僕は実際に見ている。
時系列を並べると、確かに想像したくなる材料は揃っている。
ただし、現時点で「大森靖子の影響でHummingbirdを買った」とコレサワ本人が語った資料は確認できていない。
だから、この15年史ではそれを史実として書くことはしない。
ここから先は、あくまでJunzyの考察である。
僕は、もしかするとそこに、ほんの少しだけ「憧れ」があったのではないかと思っている。
もちろん、Hummingbirdそのものが可愛かったから選んだのかもしれない。
音が自分の声に合ったからかもしれない。
あるいは、その両方だったのかもしれない。
そして、その中に「好きだった大森靖子が弾いているギター」という記憶が、ほんの少しでも重なっていたのだとしたら――。
それは、なかなかロマンのある話ではないだろうか。
そして、二人のHummingbirdを見比べてみると
この章を書いていて、もう一つ忘れられないことがある。
近年、僕は大森靖子のライブを実際に見に行った。
そのとき、ステージ上のHummingbirdを見て、一瞬、
「あれ? コレサワ?」
と思った。
もちろん、コレサワのギターではない。
大森靖子がその日に使っていたHummingbirdだった。
ところが、よく見ると、ピックが当たってできた傷が、コレサワのHummingbirdと驚くほど近い場所に残っていた。
もちろん、同じ位置に傷があるからといって、何か特別な関係があるわけではない。
Hummingbirdをストロークしていれば、ピックが当たる場所が似るのは当然ともいえる。
それでも、長年コレサワのライブを見てきた僕には、その瞬間が妙に印象に残った。
2012年頃、まだライブハウスを中心に活動していたコレサワ。
その頃から彼女が抱えてきたHummingbird。
そして、少し先を走っていた大森靖子が長年抱えてきたHummingbird。
二人の音楽は違う。
歩いてきた道も違う。
けれど、同じ時代のライブハウスで、それぞれが自分の好きなものを信じて、自分の歌を歌い続けてきた。
その時間が、一本のギターに残った小さな傷として、偶然同じような場所に現れている。
そう考えると、なんだか不思議な気持ちになる。
「影響を受ける」ということ
結局のところ、コレサワが大森靖子から何をどこまで受け取ったのかを、外から正確に測ることはできない。
ただ、本人が2015年に大森靖子への憧れと、歌い方への影響を語っていることは事実だ。
そして、二人はともにアコースティックギターを抱え、自分の好きなものを隠さず、自分だけの言葉とビジュアルを作り上げてきた。
大森靖子は大森靖子の方法で。
コレサワはコレサワの方法で。
だから、この二人を「似ている」と一言でまとめてしまうのは、少し違うのだと思う。
むしろ、違う音楽を作りながら、同じように「自分の好きなものを、自分のルールで表現する」ことを貫いてきた二人として見るほうが面白い。
そして、その関係の出発点の一つに、2015年にコレサワ自身が語った「大森靖子が好き」という言葉がある。
Hummingbirdについては、まだ答えの出ていない部分も多い。
だからこそ僕は、そこに一つの仮説を残しておきたい。
あのHummingbirdを選んだ理由の中に、ほんの少しでも「憧れの人と同じギター」という気持ちはあったのだろうか。
それは、今のところ史実ではない。
でも、2012年から現在までコレサワの手元に残り続けているHummingbirdを見ていると、そんな想像をしてみたくなる。
そして、いつか本人の口からその答えが聞ける日が来たら、この15年史に追記してみたいと思う。
ヒグチアイ ── 憧れではなく、「一緒に歩いてきた」盟友
そして、ここにもう一人、まったく違う位置からコレサワの歴史に関わる女性シンガーソングライターがいる。ヒグチアイだ。
YUIや大森靖子とは違い、ヒグチアイを「コレサワが憧れた先輩」として整理するのは適切ではない。むしろ彼女は、同じ時代を生き、音楽仲間として関係を深め、親友としてもつながり、さらに作品を一緒に作ってきた盟友として捉えたほうがいい。
そしてヒグチアイを語るとき、どうしても切り離せないのが、実妹であるひぐちけいの存在だ。
コレサワとひぐちけいは、ライブハウス時代から長く音楽を共にしてきた盟友であり、ひぐちけいはコレサワのライブや作品を支えるギタリスト・編曲家として、15年史の中でも非常に大きな位置を占めている。その「けいちゃん」の姉がヒグチアイである。
つまり、コレサワにとってヒグチアイは、単なる「同じ女性シンガーソングライター」ではない。
ひぐちけいを通じてつながった音楽仲間であり、友人であり、親友であり、そして共に作品を作る作家仲間でもある。
「憧れ」から「仲間」へ
この違いは、コレサワの15年を考える上でとても重要だと思う。
YUIは、まだ音楽を始める前のコレサワが遠くから見ていた存在だった。
大森靖子は、音楽活動を始めたコレサワが「こんな表現があるんだ」と刺激を受けた存在だった。
そしてヒグチアイは、同じライブハウス文化の中で実際に出会い、音楽を続けながら関係を深め、現在では一緒に作品やステージを作ることのできる存在になった。
2025年には、ひぐちけいが発起人となった「Play Like Kids♡」で、コレサワ、ヒグチアイ、のんらが同じステージに集まった。ひぐちけい自身が、この企画について「お仕事で出会った大切な仲間たち」や「親友たち」と一緒にライブをしたいという思いから企画したことを語っている。
これは、単なる「豪華共演」という言葉では片付けられない。
ライブハウスで出会った人たちが、何年も音楽を続け、別々の場所で活動しながら、また一つのステージに戻ってくる。
その関係性そのものが、コレサワの15年史で何度も描いてきた「ライブハウスが育てた才能たち」というテーマにつながっている。
三つの関係性から見えるコレサワ
| 人物 | コレサワにとっての位置 | 意味 |
|---|---|---|
| YUI | 原点・最初の憧れ | ギターを持ち、弾き語りを始めるきっかけになった存在 |
| 大森靖子 | 憧れ・表現への刺激 | 歌い方や「好きなものを自分のルールで表現する」姿勢を考えるきっかけ |
| ヒグチアイ | 盟友・親友・共作者 | 同じ時代を生き、音楽仲間として関係を深め、現在も共に活動する存在 |
この三人を並べてみると、コレサワの15年が少し違った角度から見えてくる。
「憧れた人を追いかける」ことから始まり、「影響を受けながら自分の表現を探し」、やがて「同じ時代を生きる仲間と作品を作る」ようになる。
コレサワの歩みは、誰か一人の影響だけで説明できるものではない。けれど、YUI、大森靖子、ヒグチアイという三つの関係性を並べると、「コレサワがどうやってコレサワになったのか」という問いに、一つの輪郭が見えてくる。
1. 時代が「本音」を作った(メディアと表現の変遷)
女性シンガーソングライターたちが何を歌ってきたか。それは、彼女たちが生きた「時代のコミュニケーション・ツール」と密接にリンクしていると考えられる。
YUI
Twitter / LINE
Instagram / TikTok
■ 2000年代:携帯電話・着うたの時代
YUIがアコースティックギター一本で路上から歌い上げたのは、「社会」への違和感や「未来」への葛藤だった。外の世界へ向けて、自分の存在を証明するための等身大の叫び。当時の王道ルートは、「ストリート → テレビ → CD → ライブ」という広がり方だった。
■ 2010年代:Twitter・LINEの時代と「ゼロ距離の同調圧力」
コミュニケーションがリアルタイムになり、「既読」や「いいね」として他者の承認が残酷なまでに可視化された。ネット上では「キラキラした私」を演じなければならないという強烈な同調圧力が生まれる。その反動として、女性たちの視線は外の世界から「自分の心の密室」へと向かい始めた。建前ではない、ヒリヒリとした「見せたくない本音」の吐露が、一種の精神安定剤として機能し始めたのがこの時代である。
■ 2020年代:Instagram・TikTokの時代と「自己開示の解毒」
「映え」や「正解」が求められ、綺麗な自己開示を常に強いられる息苦しい情報環境。その中で、あえて綺麗ではない泥臭い内面や、バグを抱えた日常を剥き出しにすることは、若者たちにとって過剰な最適化から逃れるための「解毒剤」としての役割を持つようになった。
2. ライブハウスは「弱さ」を吐き出してもいい密室だった
2000年代後半から2010年代にかけて。表現の変化を語る上で絶対に外せないのが、「ライブハウス」という空間の存在だ。
当時のライブハウスには、学校にも職場にも上手く居場所を見つけられなかった若者たちが吹き溜まっていた。決して派手な成功者ではなく、クラスの中心でもなく、器用に生きられるわけでもない。だけど「音楽だけは好きだった」という人間が集まる、地下の密室。
だからこそ、そこで歌われ、共鳴する言葉は「世界を変えたい」という壮大なスローガンではなかった。「今日はしんどかった」「あの子が羨ましい」「終電で帰るのが寂しい」といった、ささやかで、言葉にできない感情たちだった。
綺麗事を言わなくていい。弱さをそのまま吐き出してもいい。この観客と演者の「密室の距離感」こそが、女性シンガーソングライターたちの生々しい「本音」の文化を育て上げた重要な土壌と言えるだろう。
本稿では、当時の下北沢や渋谷のライブハウス群が形成していた濃密な共生関係を「ライブハウス共同体」と呼ぶ。単なるハコの集まりではなく、演者と観客、そしてブッカーや店長といった裏方が一体となり、無名だった表現者たちの「歪み」や「等身大の弱さ」を受け止め、培養する独自の文化圏として機能していた。この共同体こそが、SNS時代の息苦しさを先取りするかのように、若者たちの逃げ場であり発信拠点となったのである。
3. 「本音を書く」文化の開拓者たち(3世代の系譜)
本研究では、女性シンガーソングライターの表現史をデビュー年に縛られることなく、カルチャーを切り拓き、受け継ぎ、更新していく「3つの世代論」として捉える。なお、本稿の世代区分は年齢ではなく、ライブハウス文化における表現史上の役割と継承関係を整理したものである。各世代の表現者たちが果たした役割は以下の通りである。
■ 第1世代:文化を切り拓いた世代(土壌を作る)
- YUI:アコースティックギター一本で社会への違和感を歌い、女性が自分の言葉で自己証明する道を開いた。
- 橋本絵莉子(チャットモンチー):特別な事件のない普通の女の子の生活を極上のロックンロールに昇華した。
- 中島優美(GO!GO!7188〜チリヌルヲワカ):和製メロディと文学的世界観でギターロックの表現幅を大きく広げた。
- 岩沢正美(フーバーオーバー):言葉を鋭利なリズムへと変換し、歌詞の緻密な「設計」を示した。
- 後藤まりこ(ミドリ):怒りや破壊衝動、むき出しの本音をライブハウスへ叩きつけた解放者。
■ 第2世代:本音表現を深化させた世代(表現を成熟させる)
- コレサワ:自らの「恥」や「心の泥濘」を最もポップな言語へと昇華させた表現の到達点。
- 大森靖子:自分の好きなものや感情を隠さず、自分自身を強烈な表現へ変換し、ライブハウス発の女性表現を拡張した存在。
- 宮崎朝子(SHISHAMO):思春期のリアルな恋愛感情をキャッチーな物語として描き出した。
- 吉澤嘉代子:日常を美しい幻想や演劇的なステージへと劇的に変換した。
- ヒグチアイ:人間の業や孤独を生々しい「私」で徹底的にえぐり出した。
- 林萌々子(Hump Back):泥臭い青春やバンドマンとしての生き様を真っ直ぐに鳴らす。
- 北澤ゆうほ(the peggies / Q.I.S.):洗練されたポップネスと毒を見事に同居させている。
- 伊集院香織(みるきーうぇい):タブーを恐れぬ極北の自己開示で少女たちの絶対的な逃げ場を作った。
■ 第3世代:ライブハウス文化を受け継ぐ世代(新しい時代へ更新する)
- サカグチアミ:Z世代のリアルな日常や等身大の感情を瑞々しい感性で切り取る。
- 上野羽有音(TETORA):ヒリヒリとした執着やどうしようもない恋愛を熱量そのままに叩きつける。
- にゃんぞぬデシ:ユーモアとノスタルジーが交差する日常の隙間を優しくすくい取る。
- なち(サバシスター):飾らない言葉と疾走感で、今のライブハウスの空気を駆け抜ける。
- 麗(チョーキューメイ):ファンタジックなサウンドの裏で、鋭くリアルな一面を覗かせる。
4. コレサワという一つの到達点
ここで一つの大きな問いが浮かび上がる。なぜ、無数の才能が入り乱れる女性シンガーソングライターシーンにおいて、コレサワの表現は一つの「到達点」として結実したのだろうか。
その答えは、先人たちが切り拓いてきた表現のピースが、彼女の中で一本に統合されたからに他ならない。YUIが示した「アコースティックギターを抱えて等身大で生きる姿」、岩沢正美が磨き上げた「日常の違和感を鋭く突く言葉のセンス」、橋本絵莉子が見せつけた「普通の女の子の生活そのものをロックにする手法」、そして後藤まりこが解放した「ドロドロした本音や怒りを隠さずに叫ぶ自由」。これらすべてのDNAを受け継ぎながら、彼女は「れ子ちゃん」という巧妙な防壁の裏で、自らの恥や嫉妬、見せたくない心の泥濘を誰よりもポップに、誰よりも容赦なく言語化した。
他のアーティストが「孤高の存在」として社会に抗い、あるいは「物語の主人公」を描いたのに対し、コレサワはあえて「一番見せたくない醜態(嫉妬、執着、自己嫌悪)」をポップスの衣で包んで大衆化させた。泥臭い私小説を、誰もが口ずさめるアッパーなポップミュージックに変換してしまった「言語化の魔法」の凄みこそが、彼女をシーンの到達点たらしめている要因だと言える。つまりコレサワとは、2000年代からライブハウス共同体で育まれてきた「女性が自らの本音を武器に生きる文化」の、歴史的必然としての集大成だったのだ。
5. Junzy式 女性シンガーソングライター表現地図(世代マップ付き)
では、その「心」をどのように音楽へ変換してきたのか。現場で彼女たちの音楽を浴び続けてきた視点で、ここまで見てきた「表現の立ち位置」と「世代ごとの流れ」を、一枚の図に整理してみた。

※本図は、縦軸を「私小説的(現実)」⇔「小説的(フィクション)」、横軸を「自己開示の深さ」として設定し、女性シンガーソングライターの表現傾向を整理した概念図である。各アーティストの配置は筆者独自の分析・考察に基づく。
- 自己開示の深度と表現形式の相関:自己開示が深くなるほど、フィクションではなくドキュメンタリー(私小説的)な表現へとシフトしていく傾向がある。
- リアリティと物語性の二極化:コレサワのように「自身の恥」を裸にするアプローチと、宮崎朝子や吉澤嘉代子のように「優れたストーリーや幻想」を纏わせるアプローチが、現代の女性ポップスの両翼を担っている。
- バンドマン的SSWの台頭:Hump BackやTETORAの登場により、ギターロックの熱量と「私」の痛みがよりダイレクトにフロアへ直結する新たなクラスタが確立された。
本稿で扱う表現者たちのスタイルを俯瞰すると、個人で内面や私小説的な世界観を深く掘り下げる「ソロ型」(YUI、コレサワ、吉澤嘉代子など)と、バンドのフロントマンとして強烈なアンサンブルや疾走感を背負う「バンド型」(SHISHAMOの宮崎朝子、Hump Backの林萌々子など)という大きな二つの軸が見えてくる。しかし、現代の表現者たちはその境界を軽やかに行き来している。その象徴的な事例と言えるのが、サバシスターのギターボーカルとしてパンクの疾走感を鳴らす一方で、ソロのシンガーソングライターとしても精力的に活動するなちである。彼女はこれまでに自主制作を含めて複数のミニアルバムをリリースし、特徴的なのはその活動スタンスにある。バンド形式のアーティストがアコースティックライブを行う際、バンドの既存曲をアコースティックアレンジして演奏することが多い中、なちは「ソロのステージではソロの楽曲を中心に演奏する」というスタイルを採っている。これは、バンドのフロントマンとしての爆発力と、個人のパーソナルな日常や等身大の感情を綴るソロの作家性が、それぞれ異なる創作活動として位置付けられていることがうかがえる象徴的な事例である。ライブハウスという共通の土壌にいながらも、彼女たちは「個人の言葉」と「バンドの熱量」を自在にスイッチさせながら、現代の表現をさらに立体的なものへと更新し続けているのである。
コレサワは現実の痛みをそのまま歌うが、吉澤嘉代子は『残ってる』などに代表されるように、現実を美しい幻想や演劇へ変換する。同じYUIをルーツに持ちながら、SHISHAMOの宮崎朝子が『君と夏フェス』のような誰もが共感できるフィクションを描く「小説家」になったのだとすれば、コレサワは徹底したドキュメンタリーを描く「私小説家」になったと言える。
さらにこの表現地図は、多様な才能たちによって広がり続けている。林萌々子(Hump Back)や上野羽有音(TETORA)のように、ギターロックの熱量の中で「私」の痛みがよりダイレクトにフロアへ直結するバンドマン的SSWたちシーンを牽引する一方で、北澤ゆうほ(the peggies / Q.I.S.)は洗練されたポップネスと毒を見事に同居させている。また、麗(チョーキューメイ)やにゃんぞぬデシのように、独自のファンタジーやユーモアのベールで日常を包み込みながら、その奥に鋭い本音を忍ばせる才能も現れ、女性表現者たちの立ち位置はかつてないほど立体的になっている。この図は優劣を示すものではなく、それぞれの表現が向かう方向(ベクトル)を整理したものである。
6. 「一人称」が証明する表現者の立ち位置
表現地図における立ち位置の違いは、「一人称」の選び方にも如実に表れている。アーティストがどの鏡を覗き込んで歌を書いているかによって、その歌が「どこを向いているのか(社会か、日常か、あるいは自分のドロドロとした内面か)」が明確に分かれる。
■「僕」:社会や世界へ向かう中性的なベクトル(YUIなど)
女性アーティストがあえて「僕」を使う場合、それは個人的な恋愛の枠を超えていく。中性的な「僕」を纏うことで、性別の枠を取り払い、「社会への違和感」や「未来への葛藤」といった、より広い世界へ向かう普遍的な叫びを鳴らすための強力な装置として機能する。
■「私・わたし」:客観性と普遍性を宿すフラットな窓
ひらがなや漢字の「私」は、感情の過剰なドロドロ感を適度に中和し、少し客観的でフラットな視点をもたらす。日常のディテールを描くときや、少し俯瞰して自分の人生を見つめるときに使われ、聴き手が自分自身に置き換えやすい普遍性を持たせる。
■「あたし」:心の泥濘へ潜る最強の武器(コレサワなど)
最も私的で、体温が高く、ある種の生活感を伴う一人称である。自己嫌悪、嫉妬、執着、見栄など、「他者に見せたくない自分の醜い部分(心の泥濘)」へダイレクトに潜っていくときに最高の効果を発揮する。カッコつけない等身大の人間臭さを証明する決定的な証拠だと言える。
| アーティスト | 主な一人称 | 表現スタンス / 立ち位置 | 音楽性 / 特徴的なアプローチ | 表現温度 |
|---|---|---|---|---|
| YUI | 僕 | 【社会への叫び】中性的な「僕」を用いることで、恋愛にとどまらず「世界」へ向かって叫ぶ普遍性を獲得。 | アコースティックギター、等身大 | 社会 |
| 橋本絵莉子 | 私・あたし | 【日常のロック化】特別な飾りのない、普通の女の子としての「私」をロックンロールの真ん中に立たせた。 | 3ピースバンド、オルタナティブ | 日常 |
| 岩沢正美 | 私・わたし | 【緻密な設計】一人称すらも感情の吐露ではなく、鋭利なリズムと緻密な「設計」のパーツとして機能させる。 | 高速の日本語、職人的アレンジ | 構造 |
| 後藤まりこ | 私・うち | 【衝動の解放】剥き出しの「うち」や「私」を用いて、狂気的な破壊衝動と少女のような脆さを同時に爆発させた。 | ハードコア、パンク、ジャズ | 狂騒 |
| 宮崎朝子 | 私 | 【極上のフィクション】歌の中の「私」や「僕」は架空の登場人物であり、向かう先は常に「物語」だ。 | キャッチーなメロディ、小説的 | 物語 |
| 吉澤嘉代子 | 私 | 【小説的・舞台化】現実の出来事を美しい幻想や演劇的なステージへと昇華する。 | 演劇性、ファンタジー、言葉遊び | 幻想 |
| ヒグチアイ | 私 | 【私小説的・深層の吐露】血の通った生々しい「私」で、恋愛の奥底にある人間の業や孤独をえぐり出す。 | ピアノ弾き語り、暗部と光の対比 | 内面 |
| サカグチアミ | 私・わたし・あたし | 【Z世代のリアル日記】その日に起きた出来事や等身大の感情を瑞々しく切り取る。 | 等身大の情景、日常の切り取り | 記録 |
| なち (サバシスター) |
私・あたし | 【直球の青春パンク】飾らない言葉と疾走感で、今のライブハウスの空気を真っ直ぐに鳴らす。 | パンク、青春、直球の衝動 | 疾走 |
| 伊集院香織 (みるきーうぇい) |
私・あたし | 【極北の自己開示】いじめや劣等感、死生観といったタブーをえぐり出し、少女たちの絶対的な逃げ場となる。 | 愛らしい声と残酷な言葉の対比 | 痛切 |
| コレサワ | あたし | 【心の泥濘への潜行】最も私的で体温のある一人称を武器にし、徹底的に自分自身の「恥」へと潜っていく。 | ポップス、着ぐるみによる自己防衛 | 心 |
| 林萌々子 (Hump Back) |
僕・私 | 【青春・バンドマンのリアル】泥臭い青春やバンドマンとしての生き様を、飾り気のない一人称で撃ち抜く。 | ギターロック、熱量、ストレート | 熱狂 |
| 北澤ゆうほ (the peggies / Q.I.S.) |
僕・私 | 【ポップスと毒の同居】the peggiesでのキャッチーな「僕」から、Q.I.S.でのより深淵で毒を帯びた「私」へ。 | 洗練されたメロディ、ポップネス | 毒性 |
| 上野羽有音 (TETORA) |
私・あたし | 【ヒリヒリとした執着】どうしようもない恋愛やヒリヒリとした執着を、ライブハウスの熱量そのままに真っ直ぐ叩きつける。 | ハスキーボイス、バンドサウンド、情念 | 情念 |
| 麗 (チョーキューメイ) |
私・あたし | 【予測不能なファンタジー】ファンタジックなサウンドの中で、ふとした瞬間に鋭くリアルな一人称を突きつける。 | 多国籍サウンド、透明感と毒 | 多面 |
| にゃんぞぬデシ | 私 | 【日常の解像度向上】ユーモアとノスタルジーが交差する日常の隙間を、親しみやすい目線で優しく切り取る。 | ユーモア、ノスタルジー、ポップス | 日常 |
※表現温度とは、そのアーティストが最も強く向き合う対象を筆者独自に整理した指標である。
7. フロアの変遷と、入口と出口の話
時代とともに、ライブハウスを取り巻く環境、そして「客席(フロア)」の景色も大きく変わった。
私が現場で見届けてきた限り、かつてのフロアは腕組みをしたバンドマンや音楽オタク、ライブハウスの常連たちが多かった。それが2010年代半ばになると、最前列でボロボロと「泣きながら見ている女の子たち」が増え始め、やがて全員で「合唱(シンガロング)する文化」へと変わっていった。
そして今、フロアには「TikTokで知って初めてライブハウスに来ました」という若い子たちが、スマホを掲げながら音楽を楽しんでいる。
ライブへ来るきっかけ(入口)は、ストリート、テレビ、CD、YouTube、TikTokへと確実に変化した。しかし、重い防音扉を開け、ライブハウスで演者と観客が向き合い、一つの言葉を泥臭く共有するという「体験そのもの(出口)」は何も変わっていない。
入口は時代とともに変わっても、音楽が人の心に直接届く瞬間は、今も昔もライブハウスという空間にあるのだ。
8. 終章:ライブハウスが育てた才能たちと、受け継がれる文化
サカグチアミがその等身大のバトンを受け取り、なち(サバシスター)のような新しい世代が『ジャージ』を引っ提げ、その日に起きた出来事を「日記」のようなリアリティで今のライブハウスで鳴らしている。さらに、林萌々子や上野羽有音らが全国のライブハウスの熱を繋ぎ、北澤ゆうほや麗、にゃんぞぬデシらが多様なポップスとしてフロアを彩り続けている。
なぜ、彼女たちの言葉はSNS時代にも消費されず、時代を越えて響くのか。
それは、彼女たちの言葉が会議室のマーケティングで作られたものではなく、「ライブハウスという逃げ場のない密室で、目の前の観客とぶつかり合いながら磨き上げられた言葉」だからだ。
地下のライブハウスで交わされていた「女の子の本音」は、やがて武道館へ、そして日本のポップミュージックの中心へと届いた。それは一人の成功ではなく、ライブハウスという文化そのものが育てた言葉が、時代を越えて広がっていった証でもある。
本音は時代によって姿を変える。しかし、それを受け止めるライブハウスという場所だけは変わらない。だから今日もまた、新しい「あたし」がどこかで歌い始める。
本稿は、その連続する表現の歴史を、ライブハウスという文化圏から読み解く一つの試論である。
本稿は、その連続する表現の歴史を、ライブハウスという文化圏から読み解く一つの試論である。
参考文献・出典
- [1] ワタナベエンターテインメントカレッジ(WEC)公式卒業生プロフィール、および当時の本人略歴に基づく。2012年10月に同社インディーズレーベルより是澤寿美名義でCD『コレサワ』をリリースしている。
- [2] 『音楽ナタリー』等のインタビュー記事における、音楽を始めたきっかけに関する発言より。
- [3] SUMMER SONIC 2012 公式サイト内 オーディション企画「出れんの!?サマソニ!?」2012年度選出アーティスト・出演記録より。
- [4] コレサワ本人のSNS(旧Twitter)等における当時の発信や、メディアインタビューを参考。

