『明日も』が創り上げた
いびつで美しい街の文化
台風、そしてコロナ禍。天災という抗えない大きな力によって、過去2度も中止に追い込まれた、SHISHAMOの等々力陸上競技場公演。ファンにとっても、バンドにとっても、あの場所は単なる「地元にある大きなスタジアム」という言葉だけでは片付けられない、特別な因縁と、祈りにも似た感情が渦巻く場所だ。
なぜ、SHISHAMOはそこまで等々力にこだわったのか。なぜ、川崎フロンターレとそのサポーターは、集大成となる彼女たちのステージにあれほど粋な演出で一肌脱いだのか。
そこには、1曲の『明日も』がもたらした、街とチームとバンド、そして人々が互いに育て合った、美しく幸せな循環のドラマがあった。
■ 1. 作家としての葛藤と、幸福な変容
SHISHAMOというバンドの真骨頂は、いつの時代も「地続きの日常」や「甘酸っぱい、時にちょっぴり卑屈な恋愛模様」のリアルな切り取り方にあった。それまでの彼女たちがファンと密に育んできたのは、手を伸ばせば届きそうな、あの絶妙な距離感という文化だった。
だからこそ、作詞作曲を手がける宮崎朝子にとって、いわゆる「頑張れ」と他人の背中を直球で押すような応援歌というテーマは、当初の自身の作風やこだわりとの距離感に、少なくない迷いや葛藤があったことを後年インタビューやライブMCでたびたび語っている。メジャー感溢れるスタジアムアンセムを書くことは、彼女たちの歌詞世界にとっても大きな転換点だったはずだ。
等々力陸上競技場でフロンターレの試合を観戦し、泥臭く戦う選手たちと、声を枯らして応援するサポーターの姿に突き動かされて生まれた『明日も』。自分たちの本来の作風とは少し違うベクトルの楽曲が、あまりにも完璧な形で仕上がってしまったことへの、クリエイターとしての複雑な想いがあったという。
しかし、この曲はバンドの運命を文字通りひっくり返し、彼女たちの知名度を飛躍的に高めることとなる。
自分の手を離れて独り歩きしていくヒット曲への戸惑いもあったかもしれない。しかし、ライブやスタジアムで、多くの人々が自分の人生を重ね合わせてこの曲を大合唱し、大切に育てる姿を見る中で、彼女自身にとってもこの曲が「心から誇りに思える、大好きな存在」へと変わっていった――そうした趣旨の言葉を彼女は節目で残している。
生みの親の葛藤を、受け手であるリスナーの愛が救い、揺るぎない愛着へと変わっていった。これこそが、この歌が持つ最初の奇跡だった。
■ 2. 「エセサポーター」としての僕の告白
そんなアンセムの引力に、行動範囲を広げられた人間がここにも一人いる。僕だ。正直に白状すれば、僕はそれまでサッカーには1ミリも興味がなかった。オフサイドのルールだって怪しいレベルだ。そんな人間が、SHISHAMOがフロンターレと深く関わっているという、ただそれだけの理由でフロンターレの後援会に入り、グッズを買い、等々力陸上競技場のスタンドに立っていた。
周りを見渡せば、人生のすべてをチームに捧げているような、ガチの青いユニフォーム姿のサポーターたち。「SHISHAMOが見たいから」という動機で紛れ込んだ自分は、どこか場違いな気がして、独特の温度差に少しの気後れと違和感を抱えながらカメラを構えていた。
けれど、スタジアムにホイッスルが響き、試合が始まった瞬間、その違和感は強烈な鳥肌へと変わる。サポーターたちの地鳴りのような声量で歌い上げられる、フロンターレのチャント(応援歌)。メロディは紛れもなく、あの『明日も』だった。一人の作家が等々力でインスピレーションを受け、悩みながら生み出したメロディが、今度は数万人のサポーターの魂の歌となって、再び等々力の空に還っていく。
もしあの時『明日も』が生まれていなければ、僕はフロンターレの試合を見に行くこともなかったし、これらの写真を撮ることも、今こうしてこの文章を書くこともなかったはずだ。
■ 3. 境界線が溶け合い、等々力へ還る循環
フロンターレはこのチャントと共に黄金期を駆け抜け、数々のタイトルを手にした。J1初優勝の記念パレードの時、街中がフロンターレブルーに染まる中、そこに並ぶ3人の姿があった。
チームも、サポーターも、川崎という街全体も、彼女たちを単なる「ゲストの芸能人」ではなく、苦楽を共にしてきた「ファミリー」として心から愛しているのだと、その光景が証明していた。一曲の音楽が、気がつけば川崎の街の当たり前な風景になり、人々の生活に根ざした「街の歌」になった瞬間だった。
そして、様々なドラマを経て迎えた等々力陸上競技場でのステージ。その演出には、フロンターレ、そしてフロンターレサポーターが一枚も二枚も噛んでいた。かつて、ガチサポーターの熱量に気後れしていた「エセサポーターの僕」も、純粋にバンドを追いかけてきたファンも、等々力をホームとする「フロンターレサポーター」も、最後はあの等々力の大きな空の下、アリーナもスタンドも境界線を失って完全に一つに溶け合っていた。
等々力で試合を見ることで生まれた曲が、サポーターにチャントとして歌われ、街中へ広がり、僕のようなファンをスタジアムへと連れていき、フロンターレを好きにさせる。そしてその情熱が、今度は等々力でのライブ実現を支え、チームがバンドのステージをバックアップする。
等々力が曲を生み、その曲が再び等々力へと還ってくる。綺麗に円を描くような、幸福な「循環」がそこにはあった。『明日も』は、最初から「街の歌」を目指して生まれたわけではない。それでも、街に愛され、サポーターに歌われ、ファンに育てられ、いつしか川崎という街の日常に溶け込んでいった。
曲が街を変えたのではない。街が、この曲を育てたのだ。そして育てられたその曲は、もう一度等々力へ帰ってきた。今度は、バンドだけのものでも、サポーターだけのものでもない、街みんなの歌として。あの日スタンドで聞いた歓声は、音楽と街が互いを育て合った、美しい循環の答えだったのだと思う。
これこそが、彼女たちがこの街に種をまき、僕たちと一緒に大音量で鳴らし続けた、SHISHAMOが僕たちに残してくれた文化そのものなのだ。
(文・写真・ビデオ / キルトで旅するJunzy)



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