SHISHAMOと
「インディーズ」という言葉
最後まであの距離感でいられたのか
SHISHAMOの活動終了を受け、改めて彼女たちの歩みを振り返っていると、ひとつ気になるテーマに行き着く。
それは「SHISHAMOはいつメジャーになったのか」という問いである。
多くのファンにとってSHISHAMOは「インディーズから武道館へ辿り着いたバンド」という印象が強い。一方で、早い段階から全国流通や大型フェス出演を果たしており、その活動規模は一般的なインディーズバンドの枠を超えていた。
この記事ではレーベル変遷や活動年表を振り返りながら、SHISHAMOにとって「インディーズ」という言葉が持っていた意味、そして彼女たちが最後まで貫いたスタンスについて考えてみたい。
SHISHAMOのレーベル・流通変遷
| 期間 | レーベル | 流通・販売 | 立ち位置 |
|---|---|---|---|
| 2010〜2012 | 自主制作 | 自主流通 | 完全インディーズ |
| 2012 | 自主制作 | タワーレコード限定販売 | インディーズ |
| 2013〜2016 | GOOD CREATORS RECORDS | 全国流通 | インディーズレーベル所属 |
| 2016〜2026 | GOOD CREATORS RECORDS | UNIVERSAL SIGMA | メジャー流通体制 |
SHISHAMO年表(レーベル状況付き)
| 年 | 出来事 | レーベル・流通状況 |
|---|---|---|
| 2010 | 川崎総合科学高校軽音楽部で結成 | 自主制作 |
| 2012 | TEENS ROCK IN HITACHINAKA優勝(※当時の表記は「柳葉魚」) | 自主制作 |
| 2012 | 「宿題が終わらない」発売 | タワーレコード限定販売 |
| 2013 | 「卒業制作」/1st Album『SHISHAMO』発売 | G.C.R.より全国流通開始 |
| 2014 | 『SHISHAMO 2』発売 | 全国規模の活動へ |
| 2015 | 日本武道館公演決定 | インディーズ最速武道館として注目 |
| 2016 | 日本武道館公演/UNIVERSAL SIGMA提携 | メジャー流通体制へ |
| 2017 | NHK紅白歌合戦初出場 | 全国区のメジャーバンドへ |
| 2023 | CDデビュー10周年記念公演 | メジャー体制 |
| 2026 | 活動終了 | G.C.R. × UNIVERSAL SIGMA |
第1・2期:完全インディーズ〜タワーレコード時代(2010〜2012)
SHISHAMOは川崎総合科学高校軽音楽部で結成された。当時は完全な自主制作バンドであり、地元ライブハウスを中心に活動していた。
2012年夏、TEENS ROCK IN HITACHINAKAでの優勝(当時は漢字の「柳葉魚」表記)を皮切りに、同年にタワーレコード限定で「宿題が終わらない」を発売。高い評価を受け、ライブハウスシーンや音楽メディアから急速に注目を集め始める。
第3期:GOOD CREATORS RECORDS時代(2013〜2016)
高校卒業後、事務所内に設立されたプライベートレーベル「GOOD CREATORS RECORDS」から「卒業制作」をリリース。続く1st Album『SHISHAMO』によって全国流通が開始される。
この時期の彼女たちの躍進を支えたのは、テレビの音楽番組ではなく、YouTubeのミュージックビデオと中高生によるSNSの口コミだった。旧来のプロモーションに依存しない「インディーズ的な広がり方」で熱狂を生み、若手ロックバンドとして急速に存在感を高めていった。
第4期:武道館と独自のメジャー体制(2016)
SHISHAMOの歴史における大きな転換点が2016年である。武道館公演は「インディーズデビューから最速」という形で大きな話題となった。そして同年、UNIVERSAL SIGMAとの提携によってメジャー流通体制へ移行する。
特筆すべきは、彼女たちが「メジャーデビュー宣言」を大々的に行わなかったことだ。メジャーの巨大な流通網を使いながらも、原盤制作の主導権は自分たちのレーベル(GOOD CREATORS RECORDS)に残すというハイブリッドな体制を確立したのである。
【比較表】SHISHAMO特有の「メジャー移行」スタイル
| 比較ポイント | 一般的なバンドのメジャー移行 | SHISHAMOのケース |
|---|---|---|
| レーベル | 大手メジャーレーベルへ完全移籍 | 事務所内の自主レーベル(G.C.R.)を維持 |
| 流通網 | メジャーレーベルの販売網を使用 | ユニバーサル(SIGMA)と提携し流通を委託 |
| 告知手法 | 「メジャーデビュー!」と大々的に宣伝 | 明確な宣言をせず、シームレスに活動規模を拡大 |
| 制作体制 | メジャー側の資本や意向が強く反映される | 自分たちで主導権を握るインディーズ的体制を継続 |
第5期:全国区のメジャーバンドへ(2017〜2026)
紅白歌合戦出場、ホールツアー、アリーナ公演などを経て、SHISHAMOは日本を代表するロックバンドの一組となった。しかし活動規模が大きくなっても、地元・川崎への愛着や等身大の楽曲世界は変わらなかった。
そもそも「メジャー」と「インディーズ」の違いとは?
実は音楽業界に明確な定義はない。かつては大手レコード会社所属=メジャーだったが、現在ではインディーズレーベル所属でも全国流通や大規模ツアーを行うことが珍しくない。そのため現代の音楽シーンでは、「インディーズかメジャーか」を単純に二分することは難しくなっている。
変わらないための選択——なぜ「インディーズ」を大切にしたのか
SHISHAMOを振り返る上で興味深いのは、活動規模が拡大しても「インディーズ」という言葉がたびたび用いられていたことである。
という表現は、その象徴だった。これは単なる業界上の区分ではなく、
- 高校軽音楽部から始まったこと
- ライブハウスを中心に活動してきたこと
- 自分たちの力で少しずつ規模を広げてきたこと
そうしたSHISHAMOの歩みを表す言葉でもあった。
彼女たちが最後まで「GOOD CREATORS RECORDS」という自主レーベルを維持し続けたのは、放課後の部室で音を鳴らしていた頃の純粋さや、ファンと直接向き合う距離感——すなわち、バンドとしての本質を守るための、彼女たちなりの誠実な防衛線だったのではないだろうか。
まとめ
SHISHAMOは「インディーズだったのか」「メジャーだったのか」という単純な二択では語れないバンドだった。
彼女たちは「インディーズ」という言葉と共に、最後まで「川崎総合科学高校軽音楽部から始まったバンド」であり続けた。アリーナを揺らす規模になっても、その本質は放課後の部室で音を鳴らす喜びや、等身大の日常を歌う姿からブレることはなかった。
SHISHAMOにとっての「インディーズ」とは、決して業界内のビジネス用語ではない。彼女たちが彼女たちらしく、自分たちの音楽を一番ピュアな状態でリスナーに直接手渡しし続けるための「アティチュード(姿勢)」そのものだったのだ。
だからこそ私たちは、最後まで彼女たちを「私たちのSHISHAMO」だと感じ続けることができたのだろう。
