キルトはスカートじゃないよ!

キルトはスカートじゃないよ!

なぜ僕はキルトと40年以上歩み続けるのか
~スコットランドとの約束~

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遠い昔、1985年の夏のことです。学生時代に半年間、アメリカ・ワシントン州へ短期留学していました。
その際のホームステイ先は、スコットランド系アメリカ人のMcLardy(マクラディ)家でした。

マクラディ家に「今日は特別なイベントに行くよ」と連れて行かれた先が、スコットランドのお祭り「ハイランドゲームズ」でした。
今となっては40年以上前のことなので細かな景色までは思い出せませんが、会場に着く前からどこかでバグパイプの音が聞こえていたような気がします。
広い芝生の上には家族連れが思い思いに椅子やシートを広げ、子どもたちは走り回り、大人たちは談笑しながら競技を見守る。日本のお祭りというよりは、地域全体が一日かけて楽しむ運動会のような、そんな穏やかな空気でした。

ところが競技が始まると空気が一変します。
大男たちが何メートルもある丸太を抱え、空高く放り投げるケーバー投げ。巨大なハンマーを振り回す重量競技。
力と技を競い合う姿に、会場中から歓声が上がります。
そして、その屈強な男たちが皆、美しいタータンのキルトを身にまとっている。
テレビで見たバグパイプ隊の衣装とは違い、それは競技者として、生活の中で当たり前に着られている民族衣装でした。

10代だった僕には、その光景が強烈でした。
「男がスカートを履いている」という驚きではなく、「自分が当たり前だと思っていた常識は、世界では当たり前ではないんだ」という衝撃だったのです。

ハイランドゲームズ

留学中には、家族の節目を祝うマクラディ家のおじいさんの「ハッピーリタイヤパーティー」にも招いていただきました。
そこでも正装としてのキルトを着させてもらいました。
これがまたエレガントで、スコットランド民族衣装の奥深さにすっかり惚れ込んでしまいました。

正装

半年間の留学生活も終わり、日本へ帰る日がやってきました。帰国の日、マクラディ家の皆さんが一着のキルトを持たせてくれました。
「よかったら日本へ持って帰りなさい。」
そのキルトはマクラディ家で大切に使われてきた一着でした。それがクランタータンだったのか、普段着として使われていたものだったのか、今では分かりません。でも、僕にとってはスコットランド文化そのものを託されたように感じたことだけは、今でも変わりません。
「日本でもこの文化を伝えていってほしい。」
そんな言葉を掛けられたような気もします。あるいは、それは別れ際の空気の中で、自分自身が心に誓った言葉だったのかもしれません。
40年以上も前のことなので記憶は曖昧です。
でも、「この文化を日本でも伝えたい」という気持ちだけは、今でもはっきり覚えています。

当時10代だった僕も、気が付けば人生の大半を「あのキルト」と一緒に歩いてきました。
振り返れば、キルトは単なる民族衣装ではなく、僕の人生そのものになっていたのかもしれません。

箪笥の奥で眠っていたキルトと再会するまで
そうは言いましたがね、帰国してからの20代、30代という若い頃は、やはり恥ずかしさが先に立って、日本ではキルトを着る勇気がありませんでした。
マクラディ家から頂いた大切なキルトも、長い間、箪笥の奥で眠ったままになっていたのです。
箪笥を開けるたびに目には入る。けれど、手に取る勇気だけがありませんでした。

転機が訪れたのは、だいぶ人生を重ねた2014年のことでした。日本の幕張で行われた「ハイランドゲームズ」に思い切ってキルト着用で見に行き、久々にキルト着用のスコットランド人や日本の方々とお話ししたり、イベントに参加しているうちに、すっかり恥ずかしさは吹っ切れました。
精神的に大人になったんですね(笑)。

少しずつライブなどでキルトを履くようになった頃のことです。以前勤めていたエンタメ系の会社で、役員との飲み会の席でこの話をしたところ、「いいじゃない、着て来ちゃいなよ!」と軽いノリで承認してもらい、それからはすっかり普段着です!


ここまでは僕とキルトの話でした。
ここからは「そもそもキルトって何?」という方のために、少しだけ解説してみます。

【基礎編】キルトって何?
スコットランドの民族衣装 キルト
キルトは、スカートとは異なるスコットランドの伝統的な男性用民族衣装です。日本で言えば、着物や浴衣が「着物」と呼ばれるように、キルトは「キルト」という独立した衣服です。
僕が「履いてるのはキルトだよ」と言っても、「でもスカートなんでしょ」とかよく言われますが、浴衣は浴衣でしかないようにキルトはキルトでしかないのです。

元々のキルトは「タータン」織りの1枚の大きなウール地をお腹にあたる幅の分だけを平らなままにしておいて両腰からお尻にかけてはプリーツにたたみ、ベルトでウエストに固定して、余った部分を肩に回してピンで留めたものが発祥とされています。

古来のスタイル 縫ってない1枚布です

現在のキルトは、ウエスト位置のベルトから下の部分をプリーツが取れないように腰骨の辺りを縫いつけて固定したものです。
全周囲のプリーツではなくお腹にあたる部分はプリーツなしのエプロンになっていて両端のエプロンが前身ごろで重なりあいます。
左右に太めのベルトが付いていて腰骨に強めに締めて固定します。

キルトは公的な行事、結婚式やパーティー、学校行事では多くの男性が正装として着用しています。
多くの家庭では、正装用や学校・軍など、それぞれの用途に応じたキルトを所有しています。
サッカーやラグビーの代表戦などはスコットランドサポーターの多くはキルトを着用しています。

子供・学校の制服


サッカー・ラグビーのサポーター


軍隊・楽隊


街の人々

【タータン編】タータンって何?
「タータン・チェック」とよく言いますが「タータン」は布地の柄というよりも、氏族ごとに定められた家紋に相当する模様の総称なのです。
基本上下左右が対象になった連続模様で家紋といってもひとつの氏族にタータンはひとつだけではありません。
その家系の人ならだれでも着用できるクラン・タータン、ドレス・タータン、ハンティング・タータンなど無数のバリエーションがあります。
団体や会社でタータンを定めているところもあり、軍隊の場合には連隊ごとに固有のタータンを持っています。
タータンはスコットランドのタータン協会で承認登録管理されていて、伊勢丹のチェックもここにちゃんと登録されています。


Scottish Tartans Society:
現在、世界中のタータンチェックを公式に登録・管理し、柄の検索ができるのは以下の機関です。
​名称: The Scottish Register of Tartans(スコットランド・タータン登記所)
​運営: スコットランド国立公文書館 (National Records of Scotland)
https://www.tartanregister.gov.uk/

【構造編】キルトとキルトスカートの違いは?
女性用の「キルトスカート」と呼ばれているものは、男性用のキルトを模して作られていて大きな違いがいくつかあります。
あとからファッションとしてキルト風に作られ物で、あえて向きなどを変えたようです。

比較ポイント ★ キルト風スカート ☆ キルト
巻きの方向 左前 右前
バックル位置 腰の前方 腰の後方
プリーツの深さ 1㎝~3㎝ 5㎝以上
ひだの数 10枚前後 20~30枚
布の量 2~3m 8m~13m

キルトはものすごく重くて腰回りのプリーツ部分はかなり分厚いです。

プリーツの折り方には2つの種類がありますが、一般的にはタータンのパターンが崩れないようにたたみ、プリーツの状態でもタータンの模様がわかるものと「ミリタリー・プリーツ」と 呼ばれているもので軍服に使われるタータンのセットの縦模様に沿って折っていくたたみ方で縦のストライプ模様になりプリーツの状態ではタータンの模様は分からなくなります。折る位置を変えるだけで違った表情を作ることができます。

【実践編】キルトの着こなし
キルトの丈は膝を少し見せる位置が男らしいとされていて、伝統行事ではもっと短めの丈を良しとする場合もあります。
結構短い丈なのです。

ちなみに現代では軍服用のキルト、正装のキルトの他にカジュアルキルトと称して気軽に着れるスタイルのものがたくさん出てきています。プリーツの深さが浅く布が少なめで軽いものや、チェックではなく無地のもの、ウールではなく綿や麻、デニム、革などで作られもの、巻の向きを気にしないもの、2枚のキルトを左右から巻いてレイヤードにするなどファッション性重視のものも多く見られます。
どこの国でも、伝統文化は時代に合わせて少しずつ姿を変えながら受け継がれていくものなのですね。

キルト関連の物って、個人輸入をする以外になかなか日本では売ってないので、僕の着ているキルト、カジュアルキルトは、ほとんど手作りかリメイクです。
元々裁縫が趣味ではあったのですが、キルト作り始めてからはすっかりプリーツ職人になりましたねw


「股の分かれていない」男性の民族衣装
「キルトはスカートじゃない」と言い続けていますが、あえて「股が分かれていない筒状の衣服=スカート的構造」と定義するならば、人類の歴史の大半において男性もその衣服を纏ってきました。現代の標準であるズボン(股の分かれた衣服)は、騎馬民族文化などの影響による比較的歴史の浅いスタイルです。世界を見渡せば、男性が「腰巻き」や「筒状の衣服」を着用するのは極めて普遍的かつ合理的な選択なのです。


1. 日本:着物・行灯袴
日本の伝統的な「着物」は筒状構造の極致で、気候と身体の動きに最適化されています。袴も元来は腰巻きから発展したもので、長く日本の男性の公的な装いとして定着していました。

2. トンガ:トゥペヌ
ポリネシア地域で男性が正装として着用する、布を巻き付けて腰で留めるシンプルな筒状の衣服。ネクタイやスーツに匹敵する威厳ある装いとして扱われています。

3. 南インド:ルンギ/ヴェシュティ
高温多湿なインドにおいて、通気性と快適性を追求した結果生まれた男性の日常着です。作業着から正装まで幅広く使われ、布を巻くという行為が男性の生活の合理性と深く結びついています。

4. フィジー:スル(Sulu)
フィジーの男性の正装。特筆すべきは、警察や軍の制服としても採用されている点です。「戦う男たちが纏うスカート」という事実は、キルトと同様の文脈を持つ極めて力強いスタイルです。

5. 東南アジア:サロン(Sarong)
インドネシア、マレーシアなどで男女問わず広く愛用される腰布。「股が分かれていないことが、いかに人体の構造にとって自然で快適であるか」を示しており、生活文化に根付いています。

6. ミャンマー:ロンジー(Longyi)
大判の布を筒状に縫い合わせた日常着。結び目の位置や結び方でフォーマルとカジュアルを使い分ける高い機能性を持ち、男性の日常風景に完全に溶け込んでいます。

7. アラブ諸国:イザール(Izar)
過酷な暑さの中で、肌に密着させず涼しく過ごすための究極の知恵。布一枚の構造ゆえに風通しが良く、男性がリラックスした場や生活の中で選ぶ合理的かつ伝統的な衣服です。

8. ギリシャ:フスタネーラ(Foustanella)
山岳民族の衣装に端を発する、プリーツが特徴的な白いスカート状衣装。現在は大統領警備隊の正装となっており、軍事的な誇りとスカート状の服が不可分であることを示す好例です。

9. 西アフリカ:アグバダ(Agbada)
足元まで覆うゆったりとしたローブ状の衣服。体にフィットさせないシルエットは、単なる機能性だけでなく、男性の社会的地位や経済的なゆとりを象徴するステータスアイテムです。

10. 古代ローマ:トガ(Toga)
縫わずに布を体に巻き付ける古代ローマの正装。当時、パンツを履くことは野蛮人とみなされることもありました。西欧文明の基礎において、男性の正装は明らかにスカート的構造であったという歴史的事実は、現代の価値観を問い直すヒントになります。

世界を見ると、男性が股の分かれていない衣服を着る文化は決して珍しいものではありません。むしろ現代日本の感覚が、世界全体では少数派なのかもしれません。


服のルーツの不思議と、日本での日常
女子の学校制服って不思議ですよね。
セーラー服は元々英国海軍の軍服ですし、チェックスカートもスコットランド陸軍の軍服から転用されたもので、両方とも男性の戦闘着だったんですからね。

キルトを履いていると驚かれたり、不思議そうな目で見られたり、職務質問されたりすることがあります。
でも、その度に「スコットランドにはこんな文化があるんですよ」と話すきっかけになります。
「変わった人」ではなく「文化を伝える人」として、少しずつ受け入れてもらえる場面も増えてきました。


40年以上前の約束と、
僕がキルトを履き続ける本当の理由

あの日、マクラディ家と交わした「日本で伝えてほしい」という約束は、40年以上経った今でも僕の中で少しずつ続いています。
今日も僕がキルトを履く理由は、おしゃれでも目立ちたいからでもありません。
あの日託された文化を、日本で少しでも伝え続けたい。
ただ、それだけなのです。

実は、僕は今でもスコットランドへ行ったことがありません。
僕が最初に出会ったスコットランドは、アメリカで暮らすマクラディ家が受け継いできたスコットランド文化でした。
だからこそ、いつかスコットランドを訪れ、40年以上前に託された想いの原点を自分の目で見てみたいと思っています。

そして、いつか日本でも、キルトが「珍しい服」ではなく、「世界にはこんな文化もあるんだ」と自然に受け止められる日が来ることを願っています。

あの日マクラディ家から託された一着のキルトは、僕にとって服ではありません。

人と人、そして文化をつないでくれた、人生で一番大切な贈り物なのです。

おまけで小さい子供たちのキルト



※このページは、40年以上前の留学当時の記憶をたどりながら執筆しています。情景描写などは当時の印象をもとに再構成した部分があります。


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最終更新:2026年7月10日
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